130周年に信仰の新しい決心を    牧師:大門義和

この島之内の地に主イエスを信じる人の群れが誕生して130年になります。この長い長い島之内教会の歴史を共に心から感謝しましょう。また、身も心も捧げて、島之内教会を支えてくださった信仰の先達たちの信仰を想起し、感謝しつつ引き継ぎましょう。

統一ドイツの初代大統領R.ヴァイツゼッカー氏は「自らの歴史と取り組もうとしない人は、自分の現在の立場、何故そこにいるのかが理解できません。過去を否定する人は、過去を繰り返す危険を冒しているのです。」と教えています。今、創立130周年を迎えるにあたって、私たちは過去を振り返っています。「島之内教会と私」のテーマで、原稿も書いて下さいました。「島之内教会100年史」を読み直して下さっている方が何人もおられることは誠に感謝です。過去から学ぶことは、過去のことを知識として知ることだけが目的ではありません。「過去」から学び、2012年という「現在」にしっかりと信仰を持って立ち、明日に生きることです。明日から始まる、主イエスと共なる、将来の「島之内教会」への幻を与えられ、信仰を持って生きることが求められているのです。

後ろを振り向いて、過去の栄光を懐かしく思い起こすことは、楽しくても信仰的ではありません。信仰は常に、「今」です。「今や、恵みの時、今こそ、救いの日」(第Uコリント6:2)と告白しながら生きる「今日」が信仰生活なのです。若い元気な時よりも、体力は衰え、いろいろなことが出来なくなることは認めざるを得ない現実です。しかし、パウロが「わたしたちは落胆しません。たとえわたしたちの「外なる人」は衰えていくとしても、わたしたちの「内なる人」は日々新たにされています。」(第Uコリント4:16)と告白しています。私たちも、「今」を「恵みの時、救いの時」と感謝できる信仰生活を送りましょう。

一人一人が、昨日よりも今日を、今日よりも明日を、御言葉と祈りの信仰生活を通して神様を見上げ、何でもできた過去への感謝よりも、何もできなくなった「今」に感謝できることが信仰です。
創世記2:6以下に、「水が地下から湧き出て、土の面をすべて潤した。主なる神は、土(アダマ)の塵で人(アダム)を形づくり、その鼻に命の息を吹き入れられた。人はこうして生きる者となった。」と教えています。一人一人が、神様の「命の息」(聖霊の働き)を求める真剣さが必要です。日毎に、「命の息」を吹き込んでいだだかなければならない存在です。毎朝、聖書の御言葉を頂き、心に御言葉を宿し、御言葉に導かれる存在でなければならないことに気付く人が一人でも多く起こり来たらんことを祈っています。

ヨハネ黙示録3:1以下で、サルディスの教会が、「わたしはあなたの行いを知っている。あなたが生きているとは名ばかりで、実は死んでいる。目を覚ませ。死にかけている残りの者たちを強めよ。」と言われています。この聖書の御言葉を私たちへの神様からの警告であると受け止めています。
教会は建物を意味しません。主イエスがおられるところが教会です。主イエスをキリストと信じる人々がいるところが教会です。「信仰」のみ、「聖書」のみ、「祈り」のみに徹した「人」がいるところが「教会」です。教会は祈りの交わりです。

島之内教会の5年後、10年後を心配してくださる方がたくさんおられます。有難いことです。しかし、私たちは心配しながらも、安心しています。大木が倒されても、「エッサイの株から一つの芽が萌えいで、その根からひとつの若枝が育ち、その上に主の霊がとどまる。」(イザヤ11:1〜2)との約束を聞いているからです。

130周年を機に、私たちは新しい決心をしましょう。それは、「だが、わたしは今日も明日も、その次の日も自分の道を進まねばならない。」(ルカ13:33)と語られ、今日も、明日も進み行かれる主イエスと共に前進する決心、決意が求められている。座りこんで過去を回顧している余裕はありません。信仰とは心が燃やされ、「我、ここに立つ」とのルターの信仰に立ちかえることです。主の御声に誠実に聴従する人が必要なのです。「そのとき、わたしは主の御声を聞いた。『誰を遣わすべきか。誰が我々に代わって行くだろうか。』わたしは言った。『わたしがここにおります。わたしを遣わしてください。』」(イザヤ6:8)と立ち上がる人が求められているのです。

現実には明日の島之内教会のために、何が出来るのか、何をすればよいのか、誰にとっても答えられない難しい課題です。それでも、生きている限り出来ることがあります。「感謝」と「祈り」です。「執り成しの祈り」です。祈りはどこででも出来ます。家にいる時も、病気の時も、歩いている時も、悲しい時も、うれしい時も、「イエスさま、・・・」と、どこにいても祈ることが出来ます。一人で祈れます、友と祈れます、家族で祈れます、教会で共に祈れます、様々な祈りがあります。まず、「私」から祈り始めましょう。祈るキリスト者へ脱皮しましょう。祈る家庭に脱皮しましょう。祈る教会へ脱皮しましょう。祈りによって、聖霊に満たされて私も、家族も、教会も変えられる経験ができるのです。その変化は見える形で表れてくるのです。

「目が見もせず、耳が聞きもせず、人の心に思い浮かびもしなかったことを、神はご自分を愛する者たちに準備された。」(第一コリント2:9)と教えています。私たちが神様を信じ切って愛すれば、目が見ず、耳が聞かず、心に思い浮かびもしないことを私たちに見せて下さると、神様は約束していて下さいます。祈りある生活を決心して、神様の備えていてくださる奇跡を見ましょう。 2012年の年間聖句は「死者に命を与え、存在していないものを呼び出して存在させる神をアブラハムは信じた。」(ローマ4:17)を選ばせていただきました。主イエスを信じ切って、御言葉の約束を信じ切って歩み、また、存在しないものを存在させる神様の創造の無限の力を信じ切って歩みましょう。

130年の長い旅を続けてきた「島之内教会」という列車が引退して建物だけが「文化財」として残るのか、これからも、神様に祝福されて、新たにされて、「島之内教会」が神様のご栄光を現す教会であり続けることが出来るのかの「岐路」に立たされています。今、必要なのは、誰かではない。「主よ、『私』がいます、あなたの僕(しもべ)として用いて下さい。」と「私」が「あなた」が、立ち上がる時、島之内教会は新しい使命に燃え上がることができるのです。

この4年間、牧師として、創立130周年の「今日」という日を目標に、2つの祈りの課題を持って歩んできました。第1は、50人礼拝の実現であり、第2は環境整備としての会堂等の改修でした。「50人礼拝の実現」という祈りの課題は残念ながら、特別礼拝以外で、40名を越えることは数回しかありません。それでも一昨年に1名、昨年には2名の受洗者が与えられたことは大きな希望です。50人礼拝実現のために、一人一人の日々の真剣な祈りを期待しています。

環境整備については、何人かの人が書いていて下さっていますが、現会堂を出来るだけ、オリジナルに近づけて、長く維持管理したいと願っています。その決意が、会堂の「登録有形文化財」の認定です。また、教会員・会友のご理解とご協力をえて、「シオンルーム改装」、「礼拝堂ベンチの修理」、「牧師館の改装」、「女子トイレの改装」、「シロアリ対策」、「外壁と屋上の改修」、「電気配線の交換」、「照明器具の撤去」「説教台、司会者台、聖餐台、献金台の改修」ができました。また、藤中墓地を島之内教会墓地としての使用権が認められ、譲渡を受けました。感謝です。

アメリカの公民権運動を指導した故M.R.キング牧師は、私は、100年、200年、500年先を見ていると語っています。自分の一生でのみ、考えることをあまりにも貧しい考えであるとキング牧師は語ります。林業を営む人々は、50年先、100年先を想起して若枝を植林します。私たちも、島之内教会の150周年の時も、200周年の時も、300周年の時も、主イエス・キリストの栄光と讃美で満ち溢れている姿を夢見ましょう。島之内教会の創立期の先達たちのように、主イエス・キリストの救いに感謝して、身も心も捧げて燃え上がり、祈りつつ前進しましょう。

教会案内

◯毎日曜日10時30分
主日礼拝式
◯毎月第四金曜日10時30分
島之内「祈りの集い」
(教派、教会を越えた祈りの集いです)

島之内教会概略

◯1882年(明治15年)
デフォレスト宣教師から男女6名が洗礼を受け、 会堂を献堂し、同志社英学校神学科在学中の上原方立(熊本バンドの一人)を牧師に招聘した。
今年で島之内教会は創立128年目です。
◯1929年(昭和4年)
現会堂が完成。設計者は中村 鎮氏で、彼の設計による現存する会堂は東京の弓町本郷教会、福岡の福岡警固教会、大阪の天満教会と島之内教会です。
◯1945年(昭和20年3月)
大阪の大空襲により、市内が火の海となり、島之内教会も炎上(3月14日)した。
◯1947年(昭和22年)〜1950年(昭和25年)
会堂復興工事を順次開始し、1950年7月に復興工事を終え、現在に至る。
◯2009年(平成21年)
文化庁より「登録有形文化財」の指定を受けた。

教会の願い

主イエス・キリストの降誕、十字架、復活によって、例外なく、すべての人が神様の愛する大切な一人一人であることを聖書の教えに従って、お伝えしたいと願っています。
また、「登録有形文化財」に指定された「島之内教会」を地域の人々の協力を得て永く保存したいと願っています。そのためにも、地域の人々や、より多くの人々に開放したいと思っています。会堂を使用しての音楽会、講演会、結婚式など希望されます方は、ご遠慮なく問い合わせてください。出来る限り、ご希望にお応えしたいと思っています。
(内容によってお断りすることもあります。)

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