2010年10月24日の説教要旨

「救済史に生きる」

使徒言行録 28章

使徒言行録を通して、神様の救いの御計画は私たちの想いをはるかに超えて、大きく広く、深く、また異質であることに気づかされた。私たちの正しいとの確信も、神様の前では悪や罪に等しいたことも教えられた。

暴風にあい、積荷も船具もすべてを捨てても、助かる望みは全く消え失せた中で14日間漂流した。着いたところはイタリアの入口のマルタ島であった。死を覚悟した状況の中でも、パウロたちはローマへと神様の御手に導かれていた。浅瀬に近づくと人々の本音が現れた。船員たちは自分たちだけが助かろうとした。それも人間の本質である。ローマの兵士たちは囚人が逃げられると困るので殺そうとした。だが、神様に聴従していたパウロはみんなが船に一緒に残ることがみんなが救われることであると教えた。

主イエスの生き方、教えは愛の働きを先ず一番遠い人から始めることである。マタイ福音書20章の「ぶどう園の労働者」の例えのように、夜明けから働いた人、9時から働いた人、12時から働いた人、3時から働いた人、5時から1時間しか働かなかった人がいた。人間的には夜明けから働いた人から賃金を払ってやることは人間としての親切さ、正しさである。しかし、聖書は、夜明けから12時間働いた人と同じ賃金を、たった1時間しか働かない人に先ず払われた。自分が欲しいものを、先ず、自分や仲間が先にとることは、主イエス以前の生き方である。主イエスに従う者の生き方は、先ず、最も弱い人に、最も貧しい人に、最も困っている人に、一番遠い人に良いものを与える生き方である。この主イエスの生き方に、強いファリサイ派の人々や大祭司や律法学者たちは主イエスを殺さねばと思うほど怒りました。誰もが人から嫌われることは好まない。だから強い人に嫌われないように知恵を使う。喜ばれるように知恵を使う。そうすると、批判されない。しかし、神様の前には大きな悲しみが残る。

ペトロもパウロもユダヤ教の伝統を忠実に守って、ユダヤ人は清い、異邦人は清くないと確信していた。しかし、神様の救い、祝福にあずかった以後の彼らは、ユダヤ人も異邦人もみんな神様によって清められているとの確信を持って生き始めた。人々が、正しい人間と正しくない人間に分類し差別しても、神様は主イエスの教会の中にいる私たちに、「あなたがたは、この人は清い、あの人は清くないと言ってはならない」と命じておられることを私たちも忘れてはならない。

また、初代教会は「祈りの交わり」であった。否、主イエスが殺され、弟子たちは郷里ガリラヤへ逃げ帰り、残っていた人々は弱い動物が寄り添うように、集まって、祈ることしかできない弱い弱い集まりであった。ただただ、どうしたら良いのかわからず、神様に憐れみ、助け、導きを求めて祈り合っていた。主イエスの教会は祈りの中から誕生し、執り成しの祈りのなかで育てられてきた。教会の命は「祈り合い」である。

人間の営みは、過去の経験が全く役立たないほどに、行き詰まり不安ですが、一喜一憂する必要はない。「わたしはあなたたちを造った。わたしが担い、背負い、救い出す」(イザヤ46:4)との約束、「あなたたちの先を進むのは主であり、しんがりを守るのもイスラエルの神だから」(イザヤ52:12)との救済史の中を生かされている。信じて祈って神様を待ちつつ歩みましょう。

このページのトップへ戻る